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こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

「キツネと呼ばれた男」

【1】
霧多布の現場は、北九州の専門業者が、地元の作業員を採用して仕事をしていた。
聞くと、元々建設作業員ではなくて、雇われ漁師をしていて、漁の仕事がないので、建設現場で働いているという人も多かった。みんな、仕事のやり方さえ教われば、けっこう仕事はこなしていた。
ただ、ひとりだけやる気がないおっさんがいたようだ。酒を飲む機会などには、張り切るのだけど、仕事はさっぱりのようだった。
俺は、普段事務所で書類作成などしていて、現場には、同じ会社のムーミン似の担当者がでていた。ムーミンから、1人働かない作業員がいるということは聞いていたが、「あまり」働かないということだと思って流していた。全体の仕事の進み具合は順調なのだから、1人ぐらい変なのがいてもしょうがないだろうと構えていた。
ムーミンにも「様子を見とけ」と指示した。

【2】
働かない作業員は「あまり」ではなく「全然」仕事をしないようだった。港の現場だったので、カニを獲る網など仕掛けて遊んでるということだった。
困るのは、他の作業員が不満を持つことだ。「あいつは働かないのに、給料は同じかい」などと、まじめに仕事している人間が腐ってしまってはまずい。他のまじめに仕事している人たちが、仕事をしなくなっては、現場が止まってしまう。
下請けの会社も、その働かない人間を 持て余しているだけで、動かすこともできなかったようだ。
俺は、その現場の下請けの所長という立場でいた。俺がなんとかしなければならないときが来たか。その人間を、働かせるか又は、クビにするかしないと、示しがつかないだろうと考えていた。
こちらも覚悟を決めて、現場に出て行った。

【3】
現場に出て、働かない作業員を見つけた。たしかに仕事をしていなくて、岸壁でカニかごを上げていた。まだ、漁師のつもりなんだろうか。
「みんなも休憩しなよ。働いてばかりじゃなくて」と言って、みんなを休ませて注目させた。
働かない作業員に向かって
「おい!なんで仕事しないんだ!」と怒鳴った。作業員はふてくされたように
「しらねえよ」と言った。
「自分のことなのに『しらねえよ』はないだろ。仕事しないならこの現場から出ていけ!」「出ていけって言われて、出てけるもんじゃないんだよ」
「なんだと!じゃあ、ロープで縛ってでも引き出してやる。誰かロープ持ってこい!」
これだけ言っただけでも、本人にも通じたろうし、他のみんなも納得できただろう。

【4】
みんなの前で怒って見せたので、示しはついたろうとホッとしていた。
そこへ横から「はい、ロープ」と別の作業員が港にあったロープを差し出してきた。まさか『ロープ持ってこい!』とは言ったけど、ほんとに持ってくるかな。かえって困った。しかし、自分から言ったことなんだから、やらねばなるまい。
「こう、カウボーイが使うように輪っかを作って…」などとぶつぶつ言いながら、ほんとに引きずり出さなくちゃならないのか。いやな役目だなと思っていた。
輪っか ができたので
「よし、できたぞ!」と、働かない作業員のほうへ向かって行った。おとなしくロープに巻かれてくれるだろうか。抵抗された場合どうしようと考えていた。
働かない作業員は、さすがにロープに巻かれるのがいやなのか、走って逃げ出した。

【5】
相手が走りだしたので、俺は追いかけなければならない。
「この野郎」ロープも放り出して追いかけた。追いついて捕まえたら、襟首でもつかんで現場の外へ出してやろうと思っていた。
相手は走るのが早かった。相手は長靴、俺はスニーカー。それで全力で走っても、5mほどの距離は縮まらなかった。
どうとう、港の防護壁まで出てしまって見失った。とりあえず追い出すことはできたのだから、このくらいにしてやろうかと思って、遠くのみんなのほうを見ると、あっちへ行った、右に曲がったと指さしている。もっと追えってかい。
右に曲がって、防護壁に隠れたので追うのはやめた。奴の姿は見えない。
それでも、下請け所長である俺がそこまで怒っておいかけたのだから、みんなも納得しただろう。

【6】
その後も、働かない作業員は遊んでばかりいたようだったが、無視した。他の作業員のやる気がなくならなければいいんだ。
そんな時期に、俺の所属していた会社の親会社の東亜建設の社長が現場視察に来るという。「トップが示す安全意識」のスローガンに従った行動らしい。親会社の社長が現場視察なんて珍しい。
これは、いいタイミングだ。演技しよう。いい演技をね。
社長を現場に案内して、工事内容などを説明などした。社長は、次の現場があるのですぐに帰ることになった。
俺は、立ち去る社長に、深々と頭を下げた。その姿は、他の作業員にも見えたはずだ。働かず遊んでいる作業員も見ただろう。それでいい。俺の忠誠心を見せたわけではない。俺にも、「上には上がいる」というところを見せたかった。

【7】
俺は、朝の朝礼が終わると、1日のほとんどの時間事務所で事務処理をしていた。現場には、ムーミンが出ていて、よく現場の状況を伝えてきた。
「働かない男の様子はどう?」と聞くと
「今もほとんど仕事をしないんですよ。ただ、ヤマさんがお辞儀をしていた人は誰だって聞くんで、東亜の社長だよと言っておきました」
「それは、よかった。本人も気になったようだし、だいたい東亜の会社の大きさもわかってるんだろうね」
「ええ、大手マリコンだと言っておきました。今の現場の元請けよりずっと大きい会社だって言っときました」
「よし!成功するかもしれない」
「なにがですか?」
「あの働かない男を働かせる方法…」
「それができるんですか」
「そのほうがいいだろう。みんなのためにも」

【8】
俺も、時々現場に「視察」のように出る。現場に出たら、働かないおじさんが、また遊んでいる。
ゆったりと自然に、働かないおじさんに近づいて言った。
「東亜の社長がほめてたよ。『北海道の人は働き者だねぇ』って」
働かないおじさんは、黙って俺の顔を見ていた。
その後、俺は事務所勤務に戻ったが、ムーミンが現場の状況を伝えてきた。
「あのおじさん、張り切って仕事してます」
「そうか、うまくいったな」
「なにか言ったんですか?」
「ん?内緒」
一緒のチームで重機オペをしていた人が
「あいつ、働くようになったのはいいんだけど、今度はうるさいんだよな。張り切りすぎて。あいつになんて言ったんだい?」

【9】
「働くようになったのは、よかったろ」
「それはよかったんだけどよ。今度は、働きすぎて、しゃべりすぎて、うるさくって仕方がないんだよ。」
「いいじゃないか。カエルが騒いでると思えば、腹もたたないよ」
「カエルか。あいつはカエルなのか。そうか。そうか。」
納得して戻っていった。
俺が現場に出ているときには、ムーミンに事務所にいてもらっていた。俺がいないときに、会社から電話があったのか、自分から電話したのか、今回の働かせる手口は不明のまま事実だけが逐一報告されていたようだ。ムーミンはおしゃべりなんだよね。そう、よくしゃべる。俺がかけっこしたことや秘密の言葉で作業員を働かせるようにしたことなども、支社の課長に報告していたようだ。ま、悪いことではないのでかまわないけど…

【10】
毎日、昼1時から、元受けの事務所で打ち合わせがあった。その日の状況や、工程の打ち合わせをしていた。
監督の中に、若い人がいて、よく現場に出ていた。彼が
「ヤマザキさん、現場で走るのはやめましょうね。ころんだら怪我するから」とニヤニヤしながら言う。たぶん、俺がかけっこした経緯を、ムーミンあたりから聞いているな。それで、冷やかしの意味もあって言ってるのだろう。
しかし、説明も言い訳もいらないだろう。
「はい、以後気をつけます」とだけ、頭をかきながら言った。
怒る、叱るもしなければ、現場監督なんてできないんだから、それはそれでいいだろうよ。とにかく、作業員全員が、元気に安全に作業して、工程が進んでいるんだから、それでいいんだよ。

【11】
ムーミンにも、パソコンの操作に慣れてもらうために、事務所でいっしょに仕事をする時があった。
ムーミンが、突然作業をやめて、俺のほうに向き
「実は、俺おかまなんですよ」と言う。
突然、そんな話を切り出され、どうしていいのかわからなかった。どういう意味だ。ムーミンは、見た目太っていて、ひげは濃い。そういうおかまもいるとは聞いていたが、ゲイバーでもない実社会で、おかまであることをカミングアウトされても…困った。
しばらく沈黙の後、気持ちを落ち着かせて、静かに言った。
「どうして、それを言おうと思ったの?」
おかまとゲイが、頭の中でごっちゃになって、もしかしたら、俺に『けつ貸してくれ』なんて言われるのかと思った。逃げようかと思ったが、そこは2階だ。危険が多すぎる。

【12】
ムーミンに聞いてみた。
「なんで、自分がおかまだってこと、話す気になったの?」
「黙ってても、ヤマザキさんにはばれるだろうなと思って、先に言っちゃおうと思ったんです」
「いや、わからなかったけどね」
たしかに、ムーミンはよくしゃべった。俺は聞き役のほうだったので、長々と話すこともあった。そこらへんは、おかまの特徴だったのかもしれない。
ただ、うれしいような怖いようなことは、俺がおかまを見抜けると見られていたことだ。働かない作業員を、裏技を使って働かせるようにしたあたりから、俺のことを、心理的巧者と見ていたのかもしれない。
ま、心理操作も悪いことに使ったわけではないんでやましいことはないが。ムーミンは、そのおしゃべりで会社に報告してるだろうな。

【13】
「俺は、ノンケだからね!」
と、ホモ関係などは拒絶しておこうと、強く言った。
「いえ、ホモとは違うんですよ。その気はないですから、だいじょうぶです」
実社会に暮らすおかまに出会うなんて貴重なことだから、質問しておこう。
「あ、そう。よかった。で、今、結婚してるけど、違和感は感じてない?」
「違和感はあります。普通の夫婦というより、女同士の友達みたいですね」
「そうなんだ、で、セックスはするの?」
「あります。女の体に興味はないんですけど、それなりにできるもんです」
「そう。それは、いつ頃感じたの、自分がおかまだって…」
「小学生のころから、男の遊びが好きでなかったし、女の子の遊びがうらやましかったね」
「じゃあ、生まれつきってことだね」

【14】
その後も、ムーミンを差別することなく、偏見も持たずに過ごした。
現場が終わって、横浜の支社に戻ったら、お局様が恐い顔をして言った。
「あなた、なんて言われてるかわかってんの?」
北海道の現場での状況をムーミンから聞いてるな。すぐさま答えた。
「キツネですか」
お局様は、緊張した顔で黙っていた。
キツネの鳴き声ってこんなんだったかな。
「コーン!」
お局様は、慌てて周りの人に言っていた。
「ほら、鳴いたでしょ。聞いたでしょ」
安全部長が落ち着いて言った。
「なんだ鳴いたって、言っただけだろ」
俺は、お局様の顔をじっと見て言った。
「キツネ嫌いなんですか。かわいい野生動物なのに」 (終)


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